エッセイ

二科展入選 その1

2021年09月01日

 

木彫刻を始めてから10年が経ち、始めた当初からずっと作ってみたかった「楠木正成像」を3年かけて今年の春に完成した。
私が最も好きな桜材を使って制作した。
今のご時世、大きさのある材木を手に入れる事は難しい。
いろんなところに情報を張って特別な材木を手に入れる事が出来た。
しかし私の理想とする大きさの物を作ろうとすると、一木(いちぼく)で全てを彫りだすには少しだけ材木の大きさが足りない。結局尻尾だけを共木で別彫りし、接合する事にした。
しかし、他の部分は細かい馬の手綱や鎧兜や跳ね上がった紐やフサまで継ぎ足さず彫り出すことに拘った。
彫刻家のプロはそれで生計を立てるがゆえに、一つの作品を作るのに時間の浪費は許されない。決まった製作費から日給換算をしていくと、とことん細部までこだわるというよりは、合理性と効率を考えながら彫り進めていくものだ。しかし私はあくまでも趣味なので、どれだけ時間をかけてもかまわないし、細かいところにこだわり尽くせるのだ。彫刻家が3年もかけて制作するのは大仏を制作するときである。幅60センチほどの作品に3年も掛けられるのは、やはり趣味だからであろう。
ここまで精魂の限りを尽くして作り上げた作品をどのような形で披露するべきか考えた。
より多くの人に見てもらうために、私が出演するテレビ番組の中で紹介をするか。個展を開催し、私が制作した他の作品も含めてお披露目をするか。
そうこう一人で考えているときに私の友人の彫刻家が我が家を訪れる機会があったので、作品を見せて相談を持ちかけてみた。
すると彼は「何か公募展に出品してみたらどうですか?」と言った。
もちろんいつかは公募展に出品したいという夢を持っていたが、そこに関しては2つ心配事があった。
今回作った作品は皇居前にある銅像「楠公像」の模刻である。彫刻家の一番重要な仕事は造形である。
頭の中でイメージした形を作り上げて立体物にする。
分かりやすく言うと、モナリザの絵を模写してもそれはレオナルドダヴィンチの構図であり、描いた人の作品にはならない。
模刻で美術展に出品しても大丈夫なのか。
しかし今回の楠木正成像は模刻とはいえ、木で制作するが故に、ブロンズと同じようには作れない部分が出てくる。また随分と大きさを縮小するがゆえに、皇居前の銅像のように下から見上げる形ではなく、少し上から見下ろす場所に飾られる事を考えると、形も全く同じではいけない。尻尾の向きを上向きにしたり、目線は遠くを見つめるようにしたりと自分なりのエッセンスを取り入れて作ったので、やはりこれは皇居前の「楠公像」からイメージを膨らませて制作した秋川雅史の作として「木彫楠公像」と名付けた。
もう一つの心配は、今の彫刻の世界はみんな等身大の作品を作っている。
作品にもよるが、彫刻は大きい方が手間もかかるし難しい。
そんな中で、わずか60センチほどの作品で見劣りはしないかどうか。
以上の2点が気になったのでそれを聞いたところ「これだけ細かい部分まで一木で彫り出したというと全然見劣りはしませんよ」と言われた。
こうして彼の後押しもあって私は応募してみる事にした。

 


 

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