エッセイ

秋川雅史の彫刻鑑定 その5

2021年11月02日

 
②「この作品は東京国立博物館に同じ題名の作品がありそれとは形が違う。この時代は星取技法という、形を完全コピー出来る方法で制作していたので、複製を作るなら同じ形になるはずである。」

 
まずはこの点について、間違いがあるのでそこを訂正させていただきたいと思う。
この星取り機というコンパスのようなものを使った技法は西洋の大理石彫刻で使われていた技法を日本に持ち込んだものであり、それを日本の木彫刻の世界で最初に使ったのは米原雲海だと言われている。
米原雲海とは高村光雲の弟子であり、石川光明からするとひとつ後の年代の彫刻家であり、雲海がこの技法を持ち込んだ時には、光明はもう自分の彫刻スタイルは既に出来上がっている。それをわざわざ新しいスタイルを覚えて、制作により時間のかかる星取り法を取り入れたとは考えられないし、光明が星取り法を使ったという文献も見た事がない。
また星取り法で制作する場合、原型の石膏像に基準となる印をつけるのだが、この野猪の石膏原型にはその印がないので星取り法を使っていない事が分かる。
 
東京国立博物館にある野猪とその石膏原型と比べると確かに私が保有している野猪は形が違う。
それは素人が見ても一目瞭然で、やはり司会の今田耕司さんもその違いを見た時には「えー、これは違うんじゃないですか」と言った。
素人的目線でいくとこの形の違いで本物ではないと判断してしまうのだろう。
しかし専門家目線は違う。
私もこの作品を購入するまでにもちろん国立博物館の作品としっかりと違いを見極めて、細部の彫りまでもを確認してから入札に参加をしている。
形が違うという事は、大きな問題ではない。
彫刻家というのは、一つの作品を完成させるまでに試行錯誤を行うものであり、同じ作品を再度作る時も何か新しいエッセンスを入れたくなるものである。
私も自分自身が彫刻をやっているが、同じ作品を同じように2つ目を作るほど退屈な事はない。
古くは運慶快慶の仁王像も、一度完成したものに何度も修正を入れ形を変えている事が研究の結果明らかになっている。
木彫刻というのは粘土と違い、一度彫った部分は後から埋める事は出来ない。修正をするのが難しいジャンルである。
それが故に何度も同じ作品を作る段階で形を修正しながら同じ作品の理想形を作っていく事はよくある事である。
日本の歴史的な彫刻作品として名高い、平櫛田中の“鏡獅子”も何度も試行錯誤を行い、一つの完成形を作るのに22年もかかっている。
その観点から考えて、私はこの作品は、東京国立博物館保有の“野猪”を完成形とするまでの試行錯誤の時期に作られたものであると推測する。
もし完成形が出来た後に、弟子が生活費を稼ぐために師匠に内緒で模刻をして流通させたとなると、原型が存在するが故に同じ形で作るはずである。また弟子が師匠の作品を参考に自分の発想を盛り込んで作品を作ったとしたら、自分の作品として世に出したいと思うはずであるから、自分の名前を彫るはずである。
要するに私からすると、完成形と形が違うからこそ本人の作品だと判断し購入したわけである。
形が違うから本人の作品とは違うという理論は素人的発想のように私は思ってしまう。

 


 

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