エッセイ

秋川雅史の彫刻鑑定 その6

2021年11月06日

 
③「石川光明は作品に刻印という落款印を彫るが、それは四角で囲んだ中に“石“という漢字1文字を彫ったものしか見た事がない。しかしこの野猪は、四角の中に石川と彫ってある。これが決定的な本人作ではないという理由です。」

 
彫刻家は自分の作品に自分の名前を彫り込み、中には印まで彫りで入れる事がある。
日本画家が作品の左下に名前を書き、印を押すその印の部分を落款印という。
この印という文化は中国から日本に入ってきて、本人の作品であるという証明の意味もあり、また落款の形や押す場所によって作品の見え方も変わってくるので、それも含めて芸術という考え方がある。
どの作家もたくさんの落款印を持ち合わせており、制作年代によって変えている人もいれば、作品によって変える人もいる。
石川光明も“石”と彫ってあるもの以外にさまざまな落款を彫っている。
石川光明の作品はこれまで特別展などが多く行われていなかった事もあり、図録で師の作品の写真が極めて少ない作家であるがゆえに、我々一般が知る光明の落款は限られている。しかし今回私が出品した野猪に彫られている落款は、京都の清水三年坂美術館に保有される“雁来紅彫漆額”という作品に、全く同じ字体で彫られている。
当然のごとく、コレクターというのは作品を購入する際に、自らの目線で鑑定をするわけであり、私はこの同じ落款のものが存在する事を確認してから入札に参加している。
この同じ形の落款が存在する事を知っていた私としては、収録中に大熊氏が解説をしている時に大きな疑問を感じていたが、番組の流れを止めてしまうといけないという、芸能のプロ根性が出てしまっていた。
もしあの収録中に私が「この落款は存在しますよ」っていってたらどうなっていたのだろうと思う。
先ほども申し上げた通り石川光明の作品はあまり多くの作品が図録には掲載されていない。
しかし清水三年坂美術館は近代木彫刻の世界においては一級品が揃っている数少ない美術館であるから、多くの木彫刻の鑑定家はその図録を貴重な参考資料としているのである。

 


 

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