エッセイ

生涯かけて成長を

2021年08月19日

 

私の職業は歌手である。
私は歌以外、特に才能に恵まれているとは思っていないが、世の中にはいくつもの才能を持ち合わせている人が存在する。万能の天才というと、最近では野球の大谷翔平選手の二刀流などが思い浮かぶが、歴史上最も万能の天才と言われたのはレオナルド・ダ・ヴィンチである。ダ・ヴィンチは絵画、天文学、物理学、建築学、医学、その他様々な分野において異才を放っていた。ダ・ヴィンチがいなかったら世界の医学は200年遅れていただろうとも言われている。そして彼はなんとオリンピック選手並みの運動能力も持ち合わせていたそうだ。
では彼の本業は何だったのか。それはやはり画家なのである。
画家として研究していたことが、結果として他の学問にも繋がっただけなのだ。彼が動物の絵を描いていたとき、体の構造をもっと詳しく知りたいと思うようになり、馬の死体を手に入れて解剖し、馬の筋肉の構造を勉強した。またあるときは人物画を描くために人間の死体を手に入れ、皮を剥がすことから始め、少しずつ解剖していったのだ。さらには人物に当たる光を上手く描くために、ロウソクを使って光学を研究した。様々な学問を研究した結果、彼は万能の天才と呼ばれるようになったが、彼にとったら「ただ、いい絵を描きたかった」。それだけなのである。
学ぶことや挑戦をすることは、そこに意味などはない。ただ自分が成長することが楽しいだけなのだ。
“成長”と“老化”という二つの言葉は逆を指すように思うが、実はこの二つは捉え方によってどちらにも属することができる。
最近私はシニアの陸上大会の出場を目指して短距離走のトレーニングをしている。
私が53歳という年齢で50m走を7秒台で走るとき、若き日の自分と比べると老化したと言える。しかし数か月前に8秒台で走っていたときから、トレーニングを重ねて7秒台で走れるようになれば、そこには53歳としての成長がある。
成長とは、今の自分と比べて上達していくことなのかもしれない。
彫刻にしても、短距離走にしても、自分の仕事には何の関わりもないのだが、私はただ「今の自分より成長することが楽しいだけ」なのである。
近代日本を代表する彫刻家・平櫛田中は、生涯木彫刻を手がけ、自身104歳まで作品を作り続けた。
私は43歳で彫刻を始め、遅いデビューであったが、平櫛田中の人生のまだ半分の歳。生涯この趣味を極めていき、「次はもっといい作品を」と思い続けながら自分を成長させていきたいと思っている。
仕事も同じだ。ただコンサートをこなしていくだけの仕事と捉えていたら、そこには何の成長も生まれないし、やり甲斐もない。やはり「今よりもっと上手くなりたい」と思うこの気持ちこそが、自分を成長させるきっかけとなり、これが歌い続ける醍醐味なのかもしれない。

 


 

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